空を斬るときのキスは、草の味がするのだろう

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「どうして、そんなまどろっこしいことをするんです」  ふらりと立ち寄った教会で、リリーに訊ねる。 「その大剣、斬れる範囲も思うままなんでしょう。だったらこの世界すべてを対象に斬ってしまえばいい。そうしたら、こうやってふらふら国を渡り歩いて世直しみたいなことをしなくて済む」  リリーは、この世界の創造主である女神の銅像をじっと眺めている。 「世直し。世直しね。私のやってることは世直しに見えたかい、ひつじ君」 「少なくとも、世界を滅ぼすつもりはないでしょう」 「どうかな」  リリーは、大剣を抜き、その切っ先を女神に向ける。  不敬極まりないその行為を、司祭たちはまるで何も見えていないかのように見過ごす。 「一度、斬ったものは二度と斬れない。やり直しはきかないということだ。だから、世界に向けて剣を振るう勇気を、意外にも私は持ち合わせていない」 「意外ですね」 「そうだろう」 「神を、斬りますか」 「そんな不確かなものは斬れないよ。せいぜい、あの銅像を斬り倒すぐらいさ」 「……あの銅像、リリーさんですよね」  リリーは、大剣を振るい、何かを斬った。 「よく分かったな」 「横顔がよく似ています」 「初めて言われたよ」 「隣で貴方の横顔をよく見ていますから」 「惚れちまったかい」 「そうですね」  リリーは、ちらりと横目で僕を見て、それから大剣を鞘に収めた。 「私は昔、自らの死の概念を斬った。当時の私は何も考えていなかったんだな。死なないということよりも、死ぬことの方が怖いと考えていたんだ」 「……死の概念を斬った、という事実を斬ることは?」 「ふふ。言っただろう。一度斬ったものは、二度と斬れない。これは絶対的な規則(ルール)だ」  行こうか、とリリーは立ち上がる。  司祭たちは、まるで魔法でも解けたみたいに、祈りを捧げることを止めていた。
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