空を斬るときのキスは、草の味がするのだろう

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窮屈(きゅうくつ)だったんだよ」とリリーは言った。 「当時はファンタジー小説というのがあってね、そういう世界の方が楽しそうだと思った。だから私は色んなものを斬って斬って斬って、今の世界を創り上げた」 「まさしく創造の女神、というわけですね」 「不思議なものだな。私が手を加えたわけでもなく、自然と私を称える宗教が出来上がっていたんだ」 「ずっとやってたんでしょう、世直しみたいなことを」 「……そうだな。世直しみたいなことを、やっていた」  真っ青だった空に、灰色の雲が流れてくる。  ぽたりと頬に、雨粒が落ちた。 「一度斬ったものは、斬れない。だが、再生するんだ。君の国の、獣人に対する差別意識がそうだ。最初は良い。だが、世代が変わる。世代が変われば、思想は変わる。そうしてまた、獣人に対する差別意識が生まれてくることもある。終わらないんだ。終わらない。獣人という存在自体が歪みだと言わんばかりに、終わらない。昔からそうだった。人種の違い、文化の違い、思想の違い、……そういった歪みみたいなものが、争いを産んで、平和を拒む」  雨が、本格的に降り始める。  それでも僕とリリーは、その場でずっと仰向けになって空を見ていた。  「僕たちみたいな存在が消えなければ、平和は訪れないということですね」  ああ、と躊躇(ちゅうちょ)なくリリーは答えた。
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