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数分前まで胸の中に漂っていた浮気かもしれないという冷たい予感も、今では得体の知れない秘密に対する恐怖に侵食されつつあった。唐突に投げ突けられた嘘、歴史通りの反応を示さない彼。見知らぬ空気に私は怒りよりも心細さを感じ始め雅人の腕に触れた。
「用事があるんだよ、今日は」
「用事って、なに」
振り向いた彼の顔には、大学生活の約四年間隣で見続けた馴染みのある目と鼻と口が馴染みのある位置に正確に配置されていて、私は束の間の安堵を噛み締めながらも彼の腕に一層強くしがみついた。
「帰らないといけないんだ」
「実家に?」
「ちがう」
彼は次の言葉を探るように串に刺さった餅の塊を凝視した後、小さなため息とともに口を開いた。
「僕は、ちがう惑星から来たんだ」
僕は鹿児島から来ました、と同じような淡々としたイントネーションで言われたため、私は長い間ワクセイってなんだっけ、と考え込んでいた。
「裏の山に帰還用の機体が夜12時に到着する。僕はそれに乗って今日中に帰らないといけないんだよ」
雅人は最後の団子を串から噛みちぎりながら今日の予定を淡々と報告した。窓の外はすでに暗く、時計の針は8時56分を指している。私は未だにワクセイとキカンと12時について考えていて、彼に言うべき言葉を生成できずにいた。
君が来たのは想定外だったよ、と彼はプラスチックの容器をゴミ箱に押し込み、最後の晩餐だよ、これは意外と気に入ってたんだけど向こうにはないからねと言った。
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