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「お」
「ん? どうかしたかい」
「あー。持ってきちゃった」
ポケットに突っ込んだ手を引っ張り出し、猫は手に持ったそれを夜空に掲げた。
「蜻蛉の眼鏡~」
「どこかの秘密道具みたいに言うなよ」
笑いながら突っ込み、犬は目を細めてそれを眺める。
「ねー犬、どう思う」
「大丈夫だと思うよ」
「優しいヤツだったなー」
「だから繰り返さないさ」
犬は、口もとに湛えた微笑をそのままに、童謡の歌詞を空読みする。
「蜻蛉の眼鏡は水色眼鏡、青いお空を飛んだから。蜻蛉の眼鏡はぴかぴか眼鏡、お天道様を見てたから。蜻蛉の眼鏡は赤色眼鏡、夕焼け雲を飛んだから」
「うっわよく覚えてんな? 私うろ覚えだったよ?」
「だと思ったよ。歌詞間違えてたし」
「教えてよ」
「まあいっかなって思って」
口を尖らせる相棒を笑って宥め、犬は猫がつまんでいる眼鏡を指先で持ち上げる。
「見る景色によって、蜻蛉の眼鏡は色を変えるんだ。それなら、あの子だって」
「また洒落たことを言う」
猫が茶化す。
「お互いさまだろ。自分だってさっき格好良いこと言ってたくせにさ」
「なんのことだか」
犬の言い返しをけらりと笑い飛ばし、猫は犬の手に移った眼鏡を指す。
「で、これどうしよっか」
「いる?」
「いらん」
「じゃあ」
犬が胸ポケットに眼鏡を入れた。
「処分しとくよ」
犬と猫がビルに帰っていく。
ふたりの野良は、彼らの住処に戻っていく。
入れ違うように現れた月が、濡れた地面に淡く光を注ぐ。
ちらちらと瞬く細かな光は、まるで、誰かを祝うように。
了
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