門外不出

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門外不出

 日本人なら温泉だろ?  俺は、日本国内の秘湯を巡りそれを記事にする、温泉の分野を得意とした旅行ライター。  今回の取材旅行では目的地での取材を終えた後、ただ勘に任せて車を走らせた結果、地図にも載っていない小さな村で、山奥にこんこんと湧く秘湯を見つけた。  独特の香りの硫黄泉も俺の好みだし、ちょうど紅葉も最高に見ごろの時期で、しばらくここで休暇を過ごすことに決めた。  村には宿泊施設も飲食店もなかったが、車にはいつも寝袋と大量のカップラーメンを載せている。鍋と簡易コンロもあるし、数日間は軽くしのげるだろう。  村の住人たちも、突然の訪問者の俺を訝しがる事もなく鷹揚に接してくれた。  と、どこぞの屋外スピーカーからお馴染みのチャイム音が流れ、女の声でアナウンスが聞こえてきた。 「天気予報をお伝えします。曇りのち酒。繰り返します、曇りのち酒」  我が耳を疑った。  いま、「曇りのち酒」と言ったか? いったい何の冗談だ?  ワケも分からずにいると、あちこちの家屋から鍋やら寸胴やらを抱えて村人が現れ、皆揃って灰色の空を見上げている。  彼らに倣って空を仰ぐと、ぽつりぽつりと雨が降って来た。     
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