第十五話「それぞれの思い」

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    2  香奈と花衣が洗面室に消えると、部屋は重苦しい空気に満たされた。  華枝は閉じられたドアをじっと見つめ、「花衣は私のことを、恨んでいるでしょうね……」と呟くように言った。  その静かな独り言に、景一は何も言葉を返せなかった。 「私に触られて、あの子、汚物にでも触れたような顔をしました……。蛇蝎のごとくって言葉がありますが、正しくそんな言葉がぴったりの表情で……。私はあの子にとって、それほどおぞましい存在なんですね……」 「高蝶さん……」  自分で自分を貶めながらも、華枝の表情はどこか達観していて静かだった。  そういう反応を取られても当然だと、覚悟していたせいだろう。 「しかしあなたの方にも、止むを得ない事情があったのですし、香代さんは花衣を託されたことで、生きる希望を得たわけですし……」  同情を声に滲ませ景一が言うと、華枝は今日初めての笑顔を彼に向け、「ありがとうございます」と礼を言った。     
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