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次の日も、僕は同じ場所に来ていた。もし僕が本当に人とかかわることを避けようとしているのであれば、そうすることもできたはずだった。しかし、再びこの場所に来たということは、無意識のうちに僕はまりに会いたいと思っていたのかもしれない。
「やっぱり今日も来てた」
きっとまりにとっては、僕に会いに来ることなんて些細な気まぐれのようなものだったかもしれない。話したことは至って他愛のないものだったかもしれない。けれど、その日僕は久しぶりに笑ったような気がした。
それからというもの、僕たちはほぼ毎日のように顔を合わせるようになっていた。お互いに治療や診察の都合で来られない時もあったが、それ以外の日は必ず、僕はその場所に行くようにしていた。そしてそれは、まりも同じようだった。
もっとも僕はまりに会う前からも、よくその場所に来ていたわけだったが、あの時と違って、今は確かな目的を持って僕はその場所にいた。
まりと話すようになってから、始めは嫌だった入院生活も、諦めかけていた足の治療にも、僕は希望を見出すようになっていた。
一方でまりは見る見るうちに痩せ細って、次第に会えない日も増えていった。それでもまりは、いつも笑顔で弱音を吐いたりすることはなかった。そのせいもあって僕はまりに病気のことを聞いたりすることができなかった。僕はまりのことをなにも知らなかった。
それでもある時、一度だけまりはこんなことを言った。
「さとる君は天国ってあると思う?」
まりは笑いながら言っていたけれど、この時のまりの顔には、いつものような明るさはなかった。
「なに言ってんだよ。天国なんてあるわけない。・・・だから死んだら駄目なんじゃないか」
この時まで、僕はまりがそんな状態であったなんて知りもせず、ただそんなことは考えたくないという一心で、その言葉を口にした。しかし後になって思えば、まりは本当は僕に安心させるような言葉をかけて欲しかったのかもしれない。
まりの心の内はわからないまま、けれども次に見た時、まりはすでにいつもの明るい笑顔に戻っていた。
それからしばらくの間、いつもの場所にまりは現れなくなっていた。心配になった僕は、松葉杖で歩けるようになったのを幸いに、病院中を探し回ったけれど、まりを見つけることはできなかった。看護婦さんにまりの部屋を聞いても教えてもらうことはできなかった。
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