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しばらく声を掛け続けたが、男が目覚める様子はない。このままにしておくこともできず、かといって自分よりも背丈の高い男を運べるかも怪しい。どうするべきか悩んだ挙げ句、引きずってでも運ぼうと抱えてみれば予想外に軽く、細腕の女でもどうにかベッドに運ぶことができた。
ベッドで眠る男に、大きな怪我などがある様子はない。呼吸も安定しており、熱もない。ならば、なぜ倒れたのかと考え、思い至ったのが空腹だった。しばらく何も口にしていないのならば、あれだけ身体が軽かったことも頷ける。ソフィアは自分の食事も兼ね、スープを作り部屋に運んだ。すると、広がる香りに誘われたのか、男が目を覚ました。ソフィアは食事を勧め、静かに部屋を出た。
「すみません。ご迷惑をお掛けしてしまって」
食器を戻しに部屋から出てきた男が、開口一番に謝罪をソフィアに向けた。食卓の椅子に座り休んでいたソフィアは、丁寧に首を横に振る。
「いえ、構いませんよ。それよりも、家に何かご用でもあったのでしょうか?」
勧めるよりも前に、当たり前のように向かいの椅子に座ろうとした男の態度に一瞬眉をひそめたが、ソフィアはそれに対し何か言うでもなく訪問の理由を訊ねた。
「あ、実は、ここに住んでいる方にお逢いしたくて伺ったんです……」
「私にですか?」
「そう……です」
男の言葉はどうも歯切れが悪い。それもあり、男に対する印象に怪訝の色が濃くなってしまう。しかも、最初の時に感じた想いが、なぜか全く湧いてこないのだ。見ず知らずの人間なのだから当たり前のことなのだが、今、目の前にいる男が初見の印象とは違い、全くの別人のようにも感じてしまう。
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