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「……ハンスさん、遅いわね」
家はすぐそば。種もすぐに見つかるはず。それなのに、ぼんやりと考え事をする時間ができてしまうくらいになっても、ハンスは戻って来ない。もしかしたら、自分の勘違いで種が見当たらないのかと、ソフィアは鍬を置き、ハンスの後を追った。
「あ、ハンスさん」
表の入り口に向かおうと家の角を曲がった矢先、ハンスと出くわした。
「……あの、何を見てらっしゃるんですか?」
ハンスの手には種の入った小袋が握られていた。それなのに畑に向かうことなく足を止め、小さな庭の一角を見ていた。
「ちょっと、この花壇が気になって。ここには花を植えないのですか?」
庭には小さな花壇が幾つかあり、色とりどりの花を咲かせている。しかし、あまり手入れがされているようではなく、雑草も伸びている。特に、ハンスが見ていた場所は花もなく、乱暴に掘り返された状態の土が顔を覗かせているだけだった。
「え、ええ。そこには何もありません。ハンスさん、そんなことよりも早く畑に戻りましょう。種蒔きも大変なんですよ」
立ち止まっていたハンスを、ソフィアは捲し立てた。普段のおっとりとした様子とは一変した姿は、何かを必死に隠し、他人をその場から離したいという感情に見えた。
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