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ソフィアはハンスに対し、決して悪い感情は持っていなかった。しかし、彼の行動を見ていると胸の奥がざわつくき、理由の見えない不快を感じることが多々あった。
先日も自分が食事を作ると言い出し夕食を作ったのだが、その食事にソフィアは胸を締め付けられ、涙が出そうになった。不味いとか毒によってもたらされたものではなく、記憶によってもたらされたものだった。なぜ彼が、と問い掛けそうになったが、聞くのが怖くなり口を噤んだ。
それだけではない。いつだったか、何かを探していたハンスは、そばにソフィアがいるにも関わらず、彼女に訊ねることなく台所を物色し始めた。すると定めたように彼は床下倉庫の扉に手を伸ばした。それを見たソフィアは慌てて止め、何を探しているのか訊ねたが、なぜかハンスははっきりとしたことは答えず、言葉を濁したのだった。
ハンスはソフィアの何かを知っている。そして、それを曝け出そうとしている。それが不快だった。まるで、心の奥に土足で踏み込まれているようだったから。
そもそも、ハンスという男は何者なのだろう。名乗った際も少し考える風で、本名なのかも怪しい。ただ、今は戦争中で、戦地から逃げてきた兵士だということが考えられる。脱走兵の話は辺境の町でも聞くことがある。それならば、自分を語らず、自分を偽ることも理解できる。戦争からの逃走は、いわば国賊とも言えるから。
彼は時々とても辛そうな顔をすることがある。過酷な戦争を体験した苦しみなのだろうが、それとは別の悲しみや苦しみもあるようにソフィアの目には映っていた。それが自分に向けられたものでるようなのに、日ごとに様相を変化させ、全く別人と対峙しているような錯覚を覚えることもある。それでいながら、心も身体も穢れを知らない無垢な一つの存在……、そんな風に見えてしまうこともあった。
日ごとにハンスという男が分からなくなる。このまま、この男を家に置いていても良いのだろうかと疑問を抱く反面、追い出すのは心苦しくもある。そんな相反する感情がひしめき合い、彼女の心はどうにかなってしまいそうだった。
そして、とうとう限界を迎えた。
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