待ち人、未だ至らず

5/6
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
『…夜明け前、東の空にひときわ輝く星があります。明けの明星です。星空の時間は終わり、朝日と共に、明日が始まります。』 酷な言葉だなぁ、と薄暗闇で若干眠気に覆われた頭で思う。 隣の席からは、押し殺した嗚咽が聞こえた。 「世界って、星空ってこんなきれいなものなんだね」 「うん」 「わたし、やっぱ死にたくないなぁ」 「…うん」 手を、握りしめてあげる事しか、僕にはできなかった。 彼女は、一層の力を込めて握り返してきた。 まるで世界への繋がりを求めるかのように。 LL2。 地球近傍小惑星、382562アルジュナ(2020LL2)。 2020年に発見されたこの直径16kmの小惑星は、元来アモール群に属する長大な楕円軌道を持った火星横断小惑星であった。 しかし発見間もなくまだ命名すらされていなかった2023年4月、433エロスと衝突し粉砕したアルジュナは軌道を変更、エロスの破片を伴い一路地球交差軌道へと進路を変更した。この事態に気付いた各宇宙研究機関は軌道計算を開始。その結果に世界中が愕然とする。 幾度かの軌道交差を経て、2055年1月24日、パプアニューギニア北西400kmに落着。 突如として発生した人類絶滅の危機は当然のごとく秘匿された。各国政 府は秘密裏に情報を共有、提携し、ここに史上初の全人類共同機構が形成。あらゆるリソースがこの危機を回避するために投入され、2050年に初の小惑星有人探査ミッションと銘打って実施された人類の、地球の命運を賭けた闘いは、人類の敗北に終わった。 核反応によってアルジュナの内部を高圧ガスと変じせしめその圧力を偏向噴射することで軌道変更を企図したミッションは、アルジュナを構成するテクネチウムを基材とした高融点合金に阻まれ予定の十分の一も推力を得られず失敗に終わった。現地帯同したミッションリーダーの判断により、達成不可能な離脱軌道ではなく月に向かう軌道へと修正されたアルジュナはヘルツシュプルングクレーターをかすめ、その一部と崩壊したアルジュナ自身、そして探査ミッションメンバー全員を月軌道上へ盛大に撒き散らかした。 現代の空を見あげれば目を囲らせば昼でも見える星くずたちは、アルジュナと、月と、それ以外の者たちの亡骸である。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!