待ち人、未だ至らず

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山の上から投げたボールは、いかなる豪速球であろうとも地に落ちる。 アルジュナの亡骸も、地球に舞い降りる。 最小直径0.02μメートル。 最大直径6キロメートル。 平均直径15メートル。 総数2億個の放射性同位体。 速いものはその日のうちに。 遅いものは月面落着から20年の歳月をかけて。 アルジュナの子供たちが、地球に降り立つ姿。 全人類が視認できる状態でミッションが失敗し、全天を覆う無数の流れ星という突然の天体ショーに驚いた大衆に向けて、各種メディアはミッションの全容とその失敗を高々と報じた。 結果、恐慌に陥った人類は当初の5年の戦乱と、次の5年の混乱を経て、突如として平静を取り戻した。10年の内輪揉めのうちに、時間と人命と技術を失った人類にはもはや手立てを打つ時間も手段も残っておらず、落着物により徐々に狭まっていく生存圏がお互いに途絶を始めると、死天使の翅と共に諦念が支配したのである。 ここに、種全体が終末治療へと移行する。 人びとは、ミッション失敗以降に生まれた世代へのケアを最優先するようになった。 滅びゆくことが確定した世界へ産み落とされた命への、贖罪の意識があっただろうか。 該当する世代へは全世界共通のEducationPassが与えられ、あらゆる交通機関、商業施設、公共施設、サービスその他もろもろが受けられるようになった。 与えられたぼくたちは半ば自嘲を込めてエゴパスと呼んでいたけれど。 果たして僕はこの手の中の暖かさを、大切にすることができるのだろうか。 悲しみを癒すことができるのだろうか。 その瞬間を、すこしでも優しく受け止めることができるのだろうか。 ぼくたちは、その瞬間を待っている。 生まれた時から与えられた、終焉の瞬間を。
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