老女

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 老女は顎に手をやり、つと空を見上げた。  ベンチの真上にあるライトのずっと先で、半月がぽっかりと浮いている。はぁ、と老女のついたため息の音が空へと舞いあがった。 「夫がね、戦争に行ったきり戻ってこないの」 「そうなんですか」  ああ、とわたしは合点する。『待っている』とはひょっとしたらそういうことなのか。残念ながらわたしはこういった人の対応になれていなかった。ここは黙って聞き続け、話を合わせてあげるのが良いのだろうが、  「もう始まって8年。いったいいつ終わるのやら……高齢化が進んでいるからって……ねぇ」  老女はこちらのことなんかもう視界に入っていない様子で、アメリカの下でとか、Su-57がとか、ぶつぶつ呟いている。  わたしはしばらく黙ったまま老女の傍に立っていた。風が絶え間なく吹きつける中、頬がぴりぴりと冷えてくる。わたしもそろそろ帰りたい、が、このまま放っておくのは不安だ。近くの交番に寄って、保護をお願いした方がいいかもとわたしが顔を横に向けると、ベンチに老女の姿はなかった。   園内を前後左右見回しても、いなかった。かじかんだ手で触れたベンチは、肌との境もわからないほどに冷えている。  呆然とするわたしの隣を、真っ赤なランニングウェアの女性が走り過ぎる。  その生きものの気配にすがるようにして、わたしは公園を飛び出した。  そういえば第二次世界大戦が行われたのは、1939年から1945年までの『6年間』ではなかったか。    終
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