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だが、流石に目の前で人差し指を僕に突きつけながら話しかけられれば僕に話しかけているのだとわかった。目の前の女の子はぷくっと頬を膨らませていた。
彼女は一目見たら忘れようもない容貌だった。肩まで伸びた綺麗なブロンズの髪は特徴的で、僕は彼女を小学校に入って6年、一度も見たことがなかった。本ばかりでクラスメイトの顔すらも思い出せなかったのだから説得力は皆無ではあるが。
彼女の容姿よりも僕の興味を引いたのは彼女が差し出してきた絵本だった。埃のかぶったその絵本を僕は見たことがなかった。この図書室にある本は表紙だけなら全部見たつもりだったのになと少しショックだった。
「この絵本を読み聞かせするの?僕が、君に?」
「ええ、さっきそう言ったばっかりでしょ」
彼女が持っていた絵本の内容はありふれたものだった。竜にさらわれたお姫様を勇者が仲間と共に助け出す、そんな類いの。読み終えると彼女は涙で目を潤ませていた。僕がそんなに感動する話かなと首をかしげている僕に彼女は言った。
「ありがとう。今日はもうこれで十分よ。また会おうね」
カーテンの隙間からは夕日が差し込んでいた。僕はもう帰らないといけないからと先に帰った。彼女はまだもう少しだけここにいたいからと図書室に残った。
次の日の放課後、いつものように図書室に行くとそこには既に昨日出会った少女がいた。
「こんにちわ、昨日ぶりだね。ねえ、この絵本を読み聞かせてくれない?」
彼女が差し出してきた絵本は昨日と同じ絵本だった。でも僕を見つけてすぐに駆け寄ってきた彼女のその綺麗な瞳を見ると断ることなんてできなかった。
次の日も、そのまた次の日も彼女は僕に話しかけたのだ。ねえ、この絵本を読み聞かせてくれない?と。その絵本は変わらず勇者とお姫様のありふれたお話だった。
そんな毎日が続いて1週間ほどたった頃だろうか、僕は彼女について尋ねたことがあった。図書室で毎日会っている少女の学年もクラスも、名前すらも僕は知らなかった。だけど彼女が自分のことを教えてくれることはなかった。女の子はね、ミステリアスだと魅力的になるの。そう言って僕の質問は有耶無耶になった。彼女の言うことはいちいち難しくて僕にはよくわからなかったが、そういうものかと納得していた。名前なんてわからなくても彼女とそうして一緒に過ごすだけでも楽しかったんだ。
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