いつかまたこの絵本を

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「そっか。今から私が話すこと、信じられないような話だけど、どうかお願い。信じてちょうだいね」 彼女は僕の目をじっと見つめながら言葉を紡ぐ。 「大事にされた物には魂が宿るの。それは傘だったり楽器だったり食器だったりね。それは絵本だって例外じゃない。この絵本はね、ある絵本作家が自分の娘のために書いた、世界でたったひとつのもの。その娘さんに大事に大事にされた絵本なの」 僕には彼女が何を言おうとしているのかはわからなかったが、きっと大切なことなのだと黙って聞きつづけた。 「だから、えっと、何が言いたいかというとね。私はこの絵本に宿った魂。人間じゃないの」 僕は彼女の言葉の意味をどうにか飲み込もうとした。彼女が嘘を言ったりからかったりしているとは思わなかった。 「だからね。この絵本と私は離ればなれにはなれないんだ。だから、君とは今日でお別れ」 彼女は瞳に涙を浮かべていた。僕は彼女ともう会えないだなんて嫌だった。彼女も同じ気持ちだというのはその涙を見るとすぐにわかった。 「今日でお別れなんかじゃない!」 僕の口は勝手に動き出していた。 「絶対に君と、その絵本を僕は見つけ出す。だから待ってて。僕が君に会いに行くのを待ってて」 彼女は驚いた顔をして、すぐに笑顔になってこちらに小指を出してきた。 「それじゃ、約束。もう一度会えたならそのときは、またこの絵本を私に読み聞かせてね」 「うん。約束」 僕らはお互いの小指を絡めた。 「ねえ、この絵本を読み聞かせてくれない?」 「うん、何度だって読んであげるよ」 僕は彼女に絵本を読み聞かせた。いつもはたった一度だけだったけど、そのときは何度も何度も繰り返したった一冊の絵本を読んだんだ。 時が過ぎ、僕は大学生になった。あのとき仲良くなった男の子とは今でも腐れ縁だ。あの時に比べれば社交性を身に付けたとは思う。本好きは相変わらずだ。彼女と別れてからあの絵本のことを調べたが、なにせ世界にたった一冊しかない本だ。情報なんてまったく見つからなかった。僕は大学に入り、小学校や図書館で読み聞かせをするボランティアを始めた。行く先でいつか彼女に出会えることを信じて。
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