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プロローグ
音が聞こえる度に兵士達は目を背けた。背けていると、戦場とは思えないような音が直ぐ傍から聞こえてくる。
それはそう、夕飯で出たシチューを行儀悪く音を立てて啜るぴちゃぴちゃという音。焼いた肉が思ったよりも固くて歯に加えてちぎる音。目を閉じればそれは日常の、ありふれた音だった。
一人がそっと目を開け、卒倒しそうになった。
倒れているのは一人の敵兵だ。人間でなくて良かったとこの大陸では罰当たりなことを考えてしまう。人間がこんなことをされている場面を見たら、目の前にいる獣人を仲間だとは思えなかっただろう。
殺した兵士を食っているのだ。血を啜り、肉を裂いて。敵兵の蝙蝠特有の黒い翼がびくびくと痙攣する。それだけではない、手がまだ動いていた。口から声が漏れていた。
生きているのだ。
兵士が悲鳴をあげそうになったのに気がついた食事に興じていた狼の頭と体を持つ獣人――ギルガは振り向くと罰が悪そうに笑った。
「済むまで目を開けるなと言ったよねえ」
「ひいいいい」
当人としては笑った、つもり……だったのだが、兵士の幾人かが情け無い声を上げ、地面に吸い寄せられるように尻をつけた。武器を即座に握りしめたものまでいる。
無理もない。赤く裂けた牙の並ぶ口が横に開かれれば牙を向けられたように見えなくもないのだから。
またもや苦笑しかけた食事中の獣人は別の獣人に頭を抑えられた。
ドラン大陸に生息する一般的な茶色の毛皮を持つギルガとは違い、その獣人の毛皮は黒色だった。それもその筈、二人は種族が違う。ギルガは狼族と呼ばれる種族で狼の名を持つ種族の中では代表的な種族だ。
一方、クロスは毛皮の色が示す通り黒狼族と呼ばれる種族だ。
「周りが……怯える」
始終、周囲が反応したり自身が発言する度に口元を開いたり、目を開いたりするギルガとは違い、クロスは全く目元や口元に表情的な変化は現れなかった。
「そう言われてもねえ。このままほっぽっていくなんて殺した相手に悪いと思わない」
獣の声が楽しげに弾んだ。
クロスは鼻を鳴らして森の奥に目を向けた。
「全部、食うのか」
つられてギルガも鼻を鳴らす。わざわざ嗅がなくても分かることだった。
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