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目線をそらしてバスを駆け下りた。どこか後ろめたい気持ちがして、心臓がばくばく言っていた。
中学の同級だった志織に会うのは、もう1年と3ヶ月ぶりになる。ちょうど中学の三年に上がる頃、喧嘩別れしたまま彼女が転校してしまったからだった。そういえば、すぐにこっちに戻ってくると聞かされていた、と急に思い出す。さっき確かめられなかった気持ちを追うようにバスの中を見上げると、左側に席を得た彼女がちょうどこちらを向いていた。窓の水滴が互いの表情を隠す。彼女は窓ガラスに、丁寧にこちら向きになるようにして、ごめんね、の「ね」を書いているところだった。
高二の終わりの会話が頭を駆け巡る。
もうどんな会話だったのかも思い出せない。そのくらい些細なことだったのだ。話があるから一緒に帰ろうと言われ、テニスを終えて休憩したかった私達は、並んで教室で駄弁っていた。たしか志織が私のプレーについて何か指摘したのだったと思う。そんなことくらい言い合える仲だったはずなのに、話があるってわざわざそれを言いたかったのか、と私は捻くれ、彼女にきつくあたったように思う。ふたりとも必要以上にカッカしていて、志織がバン!と机を叩いたのを最後に私達は押し黙ってしまった。熱が冷めて気まずさが襲ってきた頃に、つ、と志織が立ち上がって荷物を持ち上げた。帰るの、とも待って、とも言えずに私は、座ったままで彼女の動作を見上げていた。彼女が教室を出ようとする瞬間まで、目で追っていただけだったのだ。彼女はドアに手をかけながら振り向いて言った。「転校するから」いつもより荒っぽくドアが閉められ、教室には私と後悔だけが残された。
今となっては、どうして謝れなかったのかもわからない。それは志織もそうだっただろうし、今日ごめんねと書いた彼女は私よりも確かに大人だった。
私には、言わなきゃいけないことがある。そして彼女に会うには、私はただ座って、待っているだけで良い。きっと高校に入ってから毎日、私達は同じバスに乗っていたのだ。
だから明日、私はバスを降りない。
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