静かな物語

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台所から漏れる水滴の音で目覚め、眠気まなこを擦りながら蛇口をきつく締める。 まるで最期の力を振り絞って、ぼくを目覚めさせようとするみたいに、蛇口が擦れ、きゅっと音がする。 ぼくはそれを無視し、温もりを求めて布団の中に潜り込む。 パジャマと布団が擦れる音と、違和感を覚える暖かい布団のせいで眠れなくなったぼくは、布団から出てベランダへ向かう。 澄み切った空気と一面を覆う星々の語りをおかずに、ぼくは銘柄も知らない煙草を加え、心細い火種で煙草の先端を炙りなら煙を肺にため込み、ゆっくり吐き出した。 白い煙が夜空と混じり、現実と夢の境を曖昧にする。 ゆめ。ユメ。夢。そういえばぼくには夢がないなと思う。 燃料が無くとも輝く星達のように、夢がなくても生きていけるこのご時世。ただ、生きていればそれでよし。そう言ってくれた彼女はもういない。 ああ、だからベットの温もりに違和感を覚えたのかとしばらく経ってから気づき、煙草を吸い終えたぼくはただじっと夜空を眺め続けた。 この周辺にはぼくしか住んでいないせいか無音がやたら煩くて、いつまでたっても眠気がやってこなかった。 もう少し夜空を眺めていたかったけれど、夜風が吹くたびに震えるぼくの身体がそれを拒絶した。ぼくの我儘に付き合ってもらうために身体を温めてやろう。そう思いすっかり冷えた重い腰を上げ、台所へ戻り、棚から凹んだやかんを取り出し冷たい水で軽く洗い流してから並々と牛乳を注いだ。しばらく使っていなかった枯の一斗缶と木炭を箪笥から取り出し、玄関に纏めていた古新聞を適量に回収して、がさがさと何度も丸めたあとに、ライターで火種を作る。 目立ちたがりな星々とは違い、静かに揺らめく火種を一斗缶に放り投げそのままベランダへ向かい、その上から木炭を何個か落とし、途中で何度か古新聞を空気穴から継ぎ足しながら木炭を温め続けた。 木炭が赤みを帯びた頃、新しい木炭を投下して、それから網を被せ、牛乳の入ったやかんを乗せた。 火種作りの途中、すっかり身体が温まってしまい牛乳は必要なかったかもしれないと少し後悔した。なにせ、ぼくの身体はあまり牛乳と馴染まないからだ。
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