誕生

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誕生

   遠い昔。まだ国というものが確立されていない頃。  貴族たちの輝かしい贅と身分は、脆いガラスの上でダンスを踊っているようなものだった。  瑞々しい肥沃な大地の丘に建つ城では、アウルス・シルウェステル伯爵とレナータ夫人の間に生まれる跡取りの泣き声を、今か今かと皆が待ち構えていた。  月の無い夜が明け方に変わろうとする頃。まだ外は暗く辺りは静かだ。 「カロレッタ! 手を……」 「はい、奥さま。頑張ってください!」  レナータ夫人の華奢な手がカロレッタのしっかりした手に必死にしがみつく。  バシリウス医師が燭台に照らされた夫人の立つ膝にかけられた薄いレースの布の間から頭が見えている子どもを取り上げようとしていた。 「奥様、もう一度です、もう一度息を止めて! はいっ! 力を込めて!!」 スルッと出てきた子どもの泣き声は小さく、動きは弱弱しい。 「どうしたの……? なぜ泣き声が……」 「奥様、男の子です。未来の伯爵ですよ」 布に包まれた男の子が夫人の手に手渡された。 「美しい…… 奥さま、なんて美しい男の子でしょう!」  カロレッタは賛嘆の声を上げた。夫人もその男の子の美しさに息を呑む。けれど開いた目を見た途端に体が竦んだ。  赤。ルビーのような瞳。 カロレッタも言葉を失う、赤い目など見たことが無い。  
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