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大体順調に進んで側面の半分くらいまで来た。瞬間、ピリ、と実に聞きたくなかった音がして、思わず私はカッターを取り落してしまった。しかし、その音が原因で取り落したのではないように思う。もってまわった言い方になってしまうが、おそらく、ピリ、と音がした瞬間にページとページの隙間から出てきた何かに驚いて、私はカッターを取り落したのだ。おそらく、というのも、その飛び出してきた何かを私は現実に見たのかはっきりしないからだ。長い時間、頭を使ったために見た幻覚かもしれない。一瞬というにも短すぎる間しかそれを見た記憶はない。それに覚えているのはほんのわずかだ。昆虫のような複眼と、三つの口吻……
こんな妄想に浸っていても仕方がない。解読に戻ろう。いや、待て。これは一体どういうことだ。あれほど頭を悩ませていた理論や言い回しがやけにストンと頭に収まるようになってきた。まだ読んでない個所に関してもわざわざ辞書を繰るまでもない。すらすらと頭の中に入ってくる。
そうして、そうだ、何よりも! あの天上のメロディーが今ははっきりと聞こえるではないか! そうか、そうだ、そうなのだ! そういうことだ! あの方をこちらまでお呼びしなくてはならない! あの方を讃えるしもべも、ディナーもたっぷりいるだろう! そうそう、慰める従者も決して忘れてはならないぞ!
ああ、聞こえる! 聞こえるぞ! あれほど焦がれ待ち望んだ音色が! か黒く、冷たく、そら恐ろしく、冒涜的で、しかしこの世の何よりも美しい!
か細い、フルートの旋律……
(了)
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