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私は初めこそ、ひどく警戒し、怪しんでいたものの、男には、予想と異なり、何かの勧誘だとか、そういった類の話を始める気配が全く無く、その話が私の興味を実にそそる内容だったことも相まって、まあ話をしてもいいかという気分になり、私は次第に打ち解けていった。
男は相当裕福な身であるらしかった。スーツや靴はオーダーメイドのようだったし、時計やスカーフなどの小物一つをとっても、高級品に無頓着な私ですら分かるようなブランド品だった。よくよく思い返してみれば、骨董店で購入していた本も、私が思い切って買うようなものと比べて値札の桁が二つは違うものだった。
私が靴やスーツのことを聞いてみると、男は愉快そうに微笑みながら口を開いた。
「あなたは、違いがよく分かる人のようですね」
少し気恥ずかしかったが、その言葉に私は気分をよくし、骨董や、趣味の作曲、演劇などの話を振ると、男はますます私を気に入ったようで、その驚くべき知識量で実に有意義で興味深い話を披露した。
そうして私とその男は骨董店で顔を合わせるたびに話をするようになった。男は一向に名乗ることが無かったが、私もあえて尋ねるようなことはしなかった。男は言及しなかったものの、社会的地位が相当高いものであることは明白だったし、何より、そういうことを聞いてしまえば、純粋な楽しみだけに満ちたこの行為が、なんとなく消えてしまうような気がしたからだ。
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