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旋律
ただ一つ、男との会談で気にかかったのは、初めて出会ったときに男が購入していたあの古書を、男が常に小脇に抱えていることだった。話を始める際に、決まって男はその本を取り出した。かといって、読み始めるわけでも、何かを話に引用するわけでもないのである。
本は相当古いことは間違いなかったが、保存状態は良いようで、赤黒い重厚な表紙に、金色の箔押しされたタイトルないし装飾などは、未だにその優雅さと華麗さを保っていた。英語で書かれたものであることは違いないのだが、タイトルの装飾文字があまりに華麗──奇抜というべきか──なせいでどんな分野を扱っているのかすらさっぱりだった。さすがに著者名は普通のアルファベットで箔押しされていたものの、どうやらイギリス人やアメリカ人ではないらしく、どのように発音すればよいのか分からなかった。大判の本にしてはかなり分厚く、500ページはあるのではないかと思うほどだ。
とどのつまり、その男に比べれば無知蒙昧極まりないであろう私にとっては、正体不明のその古書はまさに神秘の化身であって、恐ろしいくらいに私の興味を惹きつけていたのである。
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