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ある男
「骨董とは、お若いのになかなか渋い趣味をお持ちですね」
柔らかく落ち着いたその声が自分に向けられたものだということに、しばらくの間、気がつかなかった。いや、もし店の中にいるのが、夢想家のようにいつもぼんやりとしている店主と、自分と、その声の主だけでなかったならば、そうと言われない限り決して気がつくことはなかっただろう。
振り返ると、いかにも柔和そうな笑みを浮かべたスーツ姿の男が立っていた。男は大判の古びた本の会計を済ませると、すぐそこの喫茶店を指差し、私を談笑に誘った。
柔和そうだとはいえ、見ず知らずの男の突然の誘いなんて、当然、断るつもりだった。しかし、男の語り口にはどこかそんな気を無くしてしまうような独特な雰囲気があって、なしくずし的に談笑する流れになってしまった。
男は名乗ることもなく、いかにもそれが自然だというように、高い知性を感じさせる語調で話し始めた。
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