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藤兵衛の目がとなりの男に移る。タライが移動した。中には甚平の頭が入っている。
ひいいいっ、男は体を細かく震わせた。また揺らすから、そのままでは狙いが定まらない。
賢五が木刀を振るった。両足を打ち据えると、ごすっ、骨が折れたような音がした。
あああっ、男の動きが止まった。
ごっ、賢五の木刀が男の後頭部を叩いた。頭が前へ垂れ、首筋が露わになる。
しゅっ、藤兵衛が太刀を振り下ろした。
木村父子と家人の連携に淀みは無い。言葉を交わす事も無く、打ち首は粛々と進んだ。
四つの首が落ち、残るは一つ。女だ。
疲れた顔だが、美しい。ごくり、三郎は唾を呑んだ。
「ねえ、お侍さん、煙草をおくれよ。いいだろ、ねえ」
女は顔を上げ、猫のような声でねだった。
うむ、藤兵衛は頷いて、太刀を地面に刺して立てた。腰の煙管を抜き、女の口に入れてやる。印籠の煙草を詰め、火をつけてやった。
一つ、二つ、女は煙をふかした。とろりと目がゆるんだ。
この時代の煙草は薬の効能が認められていた。単に嗜好品としてではなく、鎮痛効果や鎮静効果があるとされた。大麻の葉などが混ぜられていたのだろう。遊郭あたりでは、覚醒剤的な効能の煙草も使われていた。
風が木の枝を揺らす。鳥の声、川の水音。ついさっき響いた男の悲鳴が、となり町だったような静けさ。
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