四、 二度打ち

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 年の瀬も押し迫った日、騒動が起きた。 「山仁伸介の介錯をしてくれ」  藩主、稲葉篤則は岡田を呼び出し、そう告げた。早朝から悲痛な顔である。  岡田実継は介錯人だ。仕事を申し付けられれば、従うのみ。  三郎と義父は奥の座敷に向かった。  座敷牢ではない。山仁伸介は布団で寝ていた。右手に深い傷を負っていた。 「それは仕方なしとして、それなりの方が検使に来るのでしょうな。下っ端では、腹を切る甲斐が無い」  山仁は不敵な笑みを作った。  それは一昨日の事。  山仁は所用の帰り道、三人の酔漢と出会った。すれ違いざま、三人が抜刀して襲いかかった。 「稲葉篤則の家臣、山仁伸介である」  名乗って応戦した。三人を撃退したが、右腕に深手を負う。  昨日になり、九千石の大身旗本、大内久米守の使者が訪ねて来た。山仁が戦った三人は、大内の家人だった。  三人の内、一人は刀傷が深く、すでに死んでいた。屋敷に帰り着けなかった。他の二人は臥せっている、と言う。  相手が浪人や町人なら問題も無かった。しかし、武家同士が江戸の城内や市中で戦う事は、御法度に触れる事態だ。事の是非を問わず、喧嘩は両成敗が原則である。  山仁に非は無い。三人を一人で撃退して、武勲を立てたと言えるほど。ただ、場所が悪い。  事を収めるべく、稲葉篤則は決断した。
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