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昼前、大内家から家老、中内典善が来た。頭に白いものが混じる眼光鋭い老爺だ。
中庭に畳を三枚敷き、場が作られた。大名にも匹敵する切腹の場だ。庭に面した雨戸が閉められて、この場を覘く者は無い。
三郎は山仁を支え、その畳に上に座らせた。前に三宝が置かれ、短刀が載っている。
岡田実継が後ろに控え、三郎は離れて控えた。
江戸家老、前田正綱がすわる。となりに大内の家老、中内が座った。
「伸介よ、上意である。おまえは死なねばならぬ。おまえの役は、弟の伸二郎が継ぐ。憂い無く逝くが良い」
前田の言に、山仁伸介は黙って頭を垂れた。
包帯で動かぬ右腕を不器用に回し、山仁は着物の前を開く。
左手で腹をたたき、右手を三宝へのばした。が、小刀がつかめない。指先に力が入らない。
「介錯人どの、お願い申す」
山仁は振り返り、助けを求めた。岡田は懐中から紐を出し、山仁の右手に小刀を縛り付けた。
「あの、大内様のお方、今日だけの家老職ではありますまいな」
「家老と言うより、剣術指南役のような目ですな」
山仁と岡田は、ささやく声で語り合う。
三郎は見た。切腹人と介錯人が笑みを交わしていた。
がつがつ、小刀を畳に刺し、固定の具合を見た。何度か深呼吸して、刃を左の脇腹に当てた。
ここで、山仁は首をひねった。
右腕に力が入らない。刃が肉に切り込まない。
左手を小刀に添えた。力を込める方向を探り、ひとつ見つけた。
小刀の尻を押し、ぐいと腹に押し込んだ。激痛が脳天まで突き抜け、上体が左へ傾いた。
腹を横に切り裂こうとするが、小刀は深く入り過ぎた。右手まで腹に密着している。
両手で右へ小刀を押すけれど、体ごと揺れるばかり。
息が尽きて、目前が暗くなってきた。痛みは感じず、悪寒が体を震わせた。
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