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頃合い、と岡田は確信した。
前屈みになり、腹筋が上下から刃を噛んでいる。どう力を込めようと、小刀は動かない。
大刀を抜いて、上段にかまえた。と、腕が止まった。
切腹人の体が震えている。首筋は露わだが、頸椎のつなぎ目を狙えない。
振り下ろした太刀が、ごっ、骨に当たってはね返された。
あうっ、両足を踏ん張り、岡田は体勢を立て直す。
山仁の体の震えが止まった、首に入った太刀傷のせいだ。
今度こそ、と狙い定めて首を刎ねた。
三郎は義父と稲葉屋敷を出た。
今夕、山内屋敷で、あちらの二人が切腹する。その検使を命じられた。
しかし、着いてみれば、意外な事態が起きていた。
山仁伸介と争い、生きて屋敷に帰った二人が死んでいた。元々傷を負っていたが、昼過ぎに容体が急変、二人とも静かに息を引き取った、と言う。
検使としては、三人の死を確認しなくてはならない。
屋敷奥の板間に、それらは安置されていた。
最初に死んだ一人は、首級が桶で塩漬けになっていた。今日死んだ二人は、布団で寝かされていた。
岡田実継は布団に身を寄せた。寝ている顔の鼻先に手をやり、息が無いのを確認した。
はて、と三郎は目を疑った。
灯りのせいか、二人の顔が赤らんでいる。死化粧をしたかのよう。桶の中の首級は、死体らしく蝋のような青白さだ。
疑問を抱えたまま、大内屋敷を後にした。
戻ると、急ぎ主君へ報告した。
「あれは、毒を盛られたようです」
「毒を?」
義父は二人の死に顔を評して言った。毒の種類によっては、死に顔が変色する場合がある。
「傷が深く、腹を切る力が残っていなかったか。切腹の沙汰に承服せず、抵抗したか。いずれにせよ、他家の者が詮索すべきではない、と考えました」
「それで良い」
主君、稲葉篤則は肯き、大きなあくびをした。もう夜更けだ。
「殿にお願いしたき議があります」
義父は両手をつき、主君に向かって伏した。
「この岡田実継、腹を切りたく思います」
「なぜ?」
「山仁殿を介錯する時、二度打ちをしてしまいました」
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