四、 二度打ち

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「二度打ち?」  介錯においては、一度目で骨を断ち、一皮残した状態を最善とする。しかし、山仁の介錯では、一度目は骨に当たって断ち切れなかった。二度目で、やっと骨を断った。 「二度打ちは、これが二度目でございます。前にした時、次は腹を切ろう、と覚悟を決めておりました」 「しかし、たかが、そんな事で」 「先代の殿にお仕えしてより、多くの方々の介錯をしてまいりました。彼らへの、わたしなりの義理立てでございます」  ぬぬ、稲葉は口を曲げた。若造のへたな説得は、年寄りの耳に入りそうにない。 「わかった。しかし、腹を切る前に、隠居して家督を譲っておけ」 「有り難きお言葉、いたみいります」  義父は額を畳に擦りつけ、半歩後退した。三郎と同列で主君に向かうかたち。 「これよりは、おまえが岡田実継を名乗れ。よいな」  主君、稲葉篤則の言葉に、三郎は半歩前進して伏した。 「爺の切腹には、この稲葉が立ち会うゆえ、勝手に腹を切ってはならん。しかと、申し付けるぞ。では、隠居殿、今日は大義であった」  義父は、もう一度平伏し、部屋を辞した。  はあ、稲葉は大きな息をつき、三郎を手招き。初めての仕草に、三郎は戸惑った。 「介錯の手数が増えた減ったくらいで、いちいち腹を切られてはかなわん。少し間を置けば、気も変わろう」  三郎は頭を垂れた。主君の配慮が嬉しかった。  翌朝、義父は国へ帰る事になった。  主君よりの沙汰だ。江戸屋敷で切腹騒動が連続してははならぬ、との配慮である。  一人帰る義父を見送り、三郎は緊張した。江戸勤めは、まだ一年以上残る。その間に切腹があれば、三郎が介錯の役をする。  腹の奥から酸っぱいものがこみ上げる気分がした。
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