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岡田実継は手洗い桶の水に自身を映した。
髪に白い物が混じり、良い年頃になったと実感した。若造と侮られてはならじと、髪を白く染めた頃もあったが、今は昔だ。
従者の木元大悟を連れ、屋敷の奥へ向かう。
太い木組みの格子で囲まれた座敷牢へ来た。タスキに槍の番兵が二人、ぎろりと眼を向けてくる。
牢の奥、壁に背をもたれ、白装束の侍がいた。今日の切腹人、本多政門だ。
「本多様、お時間です」
岡田は格子の前に正座して声をかけた。が、返事が無い。
「本多様」
再度、呼びかけた。やはり返事は無い。
耳をそばだてると、ぐぐぐ、いびきが聞こえた。
朝、介錯を勤める挨拶をした。酒を一杯、飲み交わした。それが利いたか。
かんかん、扇子で格子を叩いた。はっ、と声を出し、ようやく目を覚ました。
「本多様、お時間です」
「おお、そうであったか」
本多は裃と袴を直し、立ち上がった。
牢が開けられた。
岡田の先導で、本多は廊下を進む。従者の木元と二人の番兵も続いた。
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