一、 十文字

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 裏庭に出た。  本多政門は辺りを見渡す。切腹の座が造られていた。  座に対面する殿上には、三人の検使がいた。傍らの床几には息子の忠克、妻のしず。垣根の向こう側では、町人ら見物の衆がいた。  本多は畳の上に腰をおろし、検使に深々と頭を下げた。  岡田と木元は、本多の背後に並んで座った。二人の槍番兵が屏風の左右に陣取る。  三人の検使の中に座る海内網只が、懐の書状を出して掲げた。 「上意である」  海内は書状を開き、うやうやしく読んだ。 「本多政門。この者、日頃の行いに鑑み、諸般の事情に照らし、切腹を申しつける。藩主、稲葉篤則」  海内は読み上げ終わると、書状を返して、本多へ文面を向けた。 「殿のお言葉、確かに賜りました」  本多は静かに平伏した。  左手の検使、山中才蔵が扇を閉じて語りかけた。 「時に、辞世の句などは用意されたか。こちらには来ておらぬ」 「あ、いや・・・忘れておりました」  場に小さな笑いが起きた。 「それよりも、検使の方々にお礼を申します。我が家の庭で最期を迎えたい、との願いを聞き入れて下さった」  本多は、また頭を垂れた。 「もとより、筆遣いは下手、弁も立たぬ身でござる。そこの佐竹どのが、我が身にかけた嫌疑を晴らす術も無く、こうして腹を切る事に相成りました」  右手の検使、佐竹又十郎に皆の注目が集まる。その顔はひきつっていた。
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