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フィルムなんか入ってやしないのに、小生意気にカシャリと小さな音を鳴らすのは彼女愛用の首掛けカメラ。俺はそんな彼女の白い頬を伸ばし、振り返る黒髪から微かに香る冬のニオイにゆるりと目を細めて笑ってみせた。
A「…なに、その顔」
B「いや?綺麗だなぁと思って」
「そうね。怖いくらいに真っ白な雪と、それに主張し過ぎない枯れ木の桃色…本当に綺麗」
別に、景色の事を言った訳では無いのだけれど。そう言ったらキミはどんな顔をするのだろう?触れた頬は酷く冷たく、ファンデーションのひとつも残してはくれなくて。白い、白い。俺の世界は、キミも、全てが、どうしようもなく。
「…もう、邪魔しないで」
「写真、下手くそなくせに」
「うるさい」
彼女がカメラを初めて持ったのはいつの事だったか、それはあまり遠くない記憶の中にある。
──彼女はあの時、あなたと色を共有したいと言って泣いた。そんな彼女が俺は、どうしようもなく愛おしくて。
「なぁ、カメラ貸して」
「えっ……ちょ、やだ。何するの?」
「はいチーズ」
カシャ。またも空を切る軽い音。しかし今回のそれは俺がシャッターを切った音で、そこに映るのは眼鏡の彼女。髪は少しだけ、グレーに見えた。
「消すなよ?それ」
「なんなのよもう…」
──あぁ、キミは今どんな表情をしているのだろう?俺はそれが知りたくて、この一瞬を逃すのが惜しくなって。だから、俺は。
「ねぇ…」
「ん?」
「大丈夫だよ、きっと成功する、手術…だって今のお医者様はみんな、」
「わかってる。…ちゃんと治して、二人で写真見るんだろ?」
だから泣くなよ、なんて。
彼女の流した涙は何故か、白っちゃけた世界の中で唯一キラキラと輝いて見えた。
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