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「このカメラ、君のでしょ」
透き通る声で話し掛けられ、ハッと我にかえる。
声の主は、写真部に入部した僕が奮発して買ったカメラを持って構えている。
「はあ、そうです。僕のです」
「駄目じゃない、こんな所に置きっ放しにしてちゃ」
声の主、眼鏡を掛けたショートヘアの少女は少し不満そうな顔をして説教した。
しかし、当の本人の僕はカメラを置きっ放しにしてた覚えはない。
状況を整理しようと辺りを見渡したとき、自分の真後ろの草が途中で切れているのに気が付く。
その先はゆるい坂にでもなっているのだろう。
ああ、そうか、思い出したぞ。
「草で見えなかった畝に躓いてそのまま転げ落ちたんだ」
「そう。思い出したようで何より。あまり夢中になってると大きな怪我をするわよ」
彼女の言う通り、僕は桜を撮るのに夢中になり、畝に踵を引っ掛けてそのまま坂を背中から回りながら落ちたのだった。
「ってことはカメラは……!」
「大丈夫よ。壊れてないし、傷もついてないわ」
「よ、良かったあぁ」
情けない声で呟き、はーっと安堵の溜息をつく。
続けて彼女が言う。
「気を付けないと桜の養分になっちゃうわよ」
「え?」
突然何のことかと彼女を見ると視線合う。
眼鏡の奥から吸い込まれてしまうような瞳を覗かせている。
そのまま目を離せずにいると、彼女は徐に語り始めた。
「これは、ある女の子の悲しいお話」
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