【 五、裁縫 】

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【 五、裁縫 】

 ある日の夕方。いつものように甥がバトルを挑んできた。  戦いに乗じてさりげなく抱きしめようとする俺と、それをさせない為に全力で暴れる甥。そんな和やかな空気をぶち壊すかのように、ふてくされた表情の妹が現れた。妹は俺が可愛がっている甥と姪の親である。 「雑巾持ってない?」  妹からの突然の問いに「持っているわけがない」と即答した。  聞くと、明日姪が学校に雑巾を持っていかないといけないのだと言う。 「雑巾のことを学校からいつ言われたのか知らないけど、いきなり今日言われたわけじゃないよね。少し前に聞いてるはずだよね。何で前日になってバタバタするの。前もって準備しておけばいいじゃん」  などと言おうものなら、妹に逆ギレされて面倒なことになるのは長年の経験からわかっているので言わない。 「雑巾の代わりになりそうなタオルを適当に持っていけばいいんじゃないの」  俺はなるべく穏便に解決しようと提案したのだが、タオルは縫わないといけないらしい。  縫うって何よ。  いちいち縫わなくても「このタオルは今日から雑巾!」とタオルの持ち主が言い張ればその瞬間からそのタオルは雑巾なんじゃないの?  学校側が決めたルールなら仕方がないけど、釈然としない。 「タオルを今から縫うのは大変だから無理」と不機嫌な妹。  無理とか言い出したら終わりだろ。 「縫わなきゃダメなら縫うしかないじゃん。ゴチャゴチャ言ってないでさっさと縫えよ」 などと言おうものなら、妹に逆ギレされて面倒なことになるのは長年の経験からわかっているので言わない。 「買ってくればいいんじゃないの」  確かに縫うのは大変だろうから、一番簡単で楽に解決できる方法を提案してみた。  幸いなことに自転車で五分もかからない場所に百円ショップがある。雑巾なんか山ほど売っている。  すると妹は深い溜息をつき「ああぁー外寒いなぁ―」と、超うるせえ。  グチグチ言いながらも買いに出掛けた。 「雑巾ってタオルじゃダメなの?」と姪に聞いてみると、「なんでもいいと思う」との返事。  なんでもいいのかーい。  だるそうに雑巾を買いに出かけた妹はこの事実を知っているのだろうか。  知らないなら知らないままの方が皆幸せになれそうなので、俺は何も聞かなかったことにした。
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