橙の電車1

1/1
前へ
/104ページ
次へ

橙の電車1

 橙の電車が通り過ぎる。いつまで見ても飽きない。この非常階段は唯一太陽が差し込む場所で、ここに出れるようになったのは入院して半年してからで、母から買ってもらったクレヨンで同じ電車を描く。この病棟は病院の一番奥にあってどの棟にもつながっていないし、一般の人は入れない。うつるという一言でここの存在は消されている。  後ろにはこんもりとした森があり時々子供の声が聞こえてくる。不思議に病院に運び込まれる前の記憶があまりない。どうもここに入る時にバッサリと記憶が切り落とされたようだ。どうかするとここでずっと過ごしてきたような気がする。最近は母も仕事が忙しくなったのか1週間に1度来るか来ないかになった。だが寂しくはない。  この非常階段は上にも下にも繋がらない。どちらにも金網の柵がありこの踊り場だけが解放されている。ここにはいつも5人くらいがいるが話をすることはない。うつるという言葉が無意識に接触を避けるようにさせている。だがベットを出れるようになるとそううつることもないと看護婦が言っていた。だがみんな背を向けて自分の世界に入り込んでいる。  いつものように橙の電車を描いていると、白い細い指が背中から伸びてくる。その指から黒のクレヨンが橙の電車に窓枠を入れていく。 「電車には窓枠がいるわ」  私は驚いたように横目で見る。ここで話したことは今日が初めてだ。ただ振り返るのは怖い。 「それに窓の中には人もいるわ。君何年生?」 「この4月で5年生になる」 「私は一つ上。もうここに来て5年になるわ」  彼女の手にも画用紙が握られている。 「ここには花の咲いているところはないはずだけど?」 「私の庭に咲いていたの。でも私の頭の中にしかないのよ。君の電車は空を飛ばないの?」 「電車は空は飛ばないよ」
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加