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「チーム長…まだいたんですか?」
翼の肩にかけられたのは、目黒のジャケットだ。
そのジャケットの重さとぬくもりが、冷えた翼の体をすっぽりと覆う。
「いや、偶然通りかかっただけだ。でも、ラッキーだったな、またお前に会えたから」
柔らかく微笑んで翼の隣にきた目黒。
夜空を仰ぐ目黒を見上げ翼は、長い息を吐いた。
「…はぁ……聞けませんでした、徹に」
「ふーん、そっか」
「でも、ベランダにいたんです。暗がりに女性が…こう窓に張り付いてて…長い髪で」
ジェスチャーつきで女の様子を話す翼を見下ろしていた目黒。
「それで、その髪の長?い女にはさ、足は、あったのか?」
わざとらしく目黒は神妙な表情をしてみせる。
「は? 幽霊じゃあるまいし。ちゃんとありましたよ。ちゃんとパンティーはいてたし、私より遥かに長い脚でしたよ。…あのですねチーム長。言っておきますけど、今、わたしは冗談を言う気分じゃないんですよね」
結婚しようと考えていた彼氏の家に女がいたのだ。ショックと嫌悪感と腹立たしさしかない。
ましてや寒空の下で変わり者の上司を相手に冗談なんか言いたくもなかった。
「そうか?じゃ泣いてみるか? 俺の胸なら貸してやるよ。そうだな、今なら5パーセントオフで」
やだ、この人、お金取る気?
しかも例えが今なら5パーセントオフだなんて、どこかで聞いたCMの◯◯デーみたいだ。
金持ちのくせに、しみったれてる。
5パーセントオフだなんて。
こんな時は、断然ただにするべきだ。
かなり、けち臭い。
「いーですよ。そんなのいりませんから。それよりですね、徹にも、自分にもムカついて今、私は、ムショーーーに腹が立ってんですよ」
「ふーん。じゃあ」
急に目黒は、翼の目の前に立ちはだかり、両手の掌を広げてボクシングのパンチを受ける人みたいに少し腰を落として構えてみせる。
「来いっ!」
「はぁ?急になんです?」
「打ってこいよ。バシバシってな。ムカついてんだろ?」
左の掌に右の拳を打ち付けてみせる目黒。
急にボクシングの真似事をさせようとする目黒を翼は不思議な思いで見つめた。
道端でボクシングの真似事をさせる気?
そんなんで気が晴れるわけがないじゃない。
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