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「そうだ、言い忘れていたんだが」
車をスムーズに進ませながら、目黒が口を開いた。
「はい」
「明日からお前は北海道へ出張だったよな?」
「はい、そうです」
「俺も行くことになったから」
あっさりとした口調で特に意味もない風にして目黒が言った。
「は?えっどうしてですか?」
「札幌支社の成績があまりにも悪い。このままだと今年であそこの支社は失くす方向になりそうだって、営業本部長に直々に言われたんだ」
営業本部長といえば、敏腕な人で入社以来役職につくまで、ずっと営業成績がトップだった逸材だ。
「はあ」
「そこで、あそこを立て直すか失くすかどうかの最終的な判断を下すため直接現場を見てこいってさ、だからだ」
「なるほど…」
信号が赤になり車はゆっくり停車した。
「ところが」
前を向いていた目黒が翼へ顔を向ける。
「ところが?」
「まずい事態が起きた」
そう言いながらも、何故か目黒は含み笑いをして、また前へ向いた。
「まずい事態ですか?」
「ああ、お前が泊まるビジネスホテルに俺も部屋を取ろうとしたんだが、あいにく明日は満室だそうだ」
「では、ほかのビジネスホテルに?」
「近くのビジネスホテルも満室。さて、これは困ったことになったぞ」
目黒は腕組みして、悩むように首を横に倒してみせる。
「じゃあ、普通のホテルに泊まるしかないですね」
「それなんだが、部長に予算を削減しろと言われたばかりだ」
「はあ、じゃあ、とんぼ返りですか?」
「何故、俺だけとんぼ返りなんだよ、北海道だぞ?泊まるよ」
怒ったように言い目黒は車を発進させた。
「え、じゃあホテルを見つけられたんですね?」
「ああ、シングルは満室だったがツインなら空いていたんだ」
「ツインですか」
予算削減と言われたのに、自分だけツインの部屋を取ったのね。
さすがは会長に孫だ。その圧倒的な権力を使ったわけだ。
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