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徹が選んだ店は、繁華街でよく見かけるタイプの焼き鳥チェーン店だ。
2人がけのテーブルは、隣との間隔も狭く深刻な話をするのには不向きな雰囲気だった。
こんな店じゃ別れ話なんかとてもしづらい。
思わず眉間にしわを寄せる翼。
注文をあらかた済ませた徹がメニューを閉じて向かい側に座る翼に向かい切れ長の目を細めた。
「今日の服、初めてみるけど。それ、いいじゃん」
「あ、そぉ? ありがと」
昨日帰りに目黒から渡された服だ。
『やっぱりさ、俺が持ってても意味ないから、ソバカスにプレゼントするよ。明日から気分転換に着てこい』と言われたのだ。
せっかくだし、もったいないから早速着てみた。
高級な服だけあって着心地もいいし、高い服だと思うと気分が高揚した。この服のおかげで昨日からの沈んだ気分が少しだけれど解消されていた。
「あ、忘れないうちに」
徹は、ビジネスバッグから何かを取り出すとテーブルに置いた。
小さくて四角い紺色の箱だ。
「なに、これ」
「決まってんだろ。指輪だよ。婚約指輪」
「え、なんで?今?」
「昨日渡せなかっただろ。だから」
テーブルに置かれた紺色のケースを眺めた。
そのケースに手を伸ばし蓋を開けた徹は
「結婚するだろ?翼、ほら手だして」
言いながら指輪を取り出した。
細い指輪をみせる徹を、翼は信じられない気分で見つめた。
「ねぇ、本気?」
「ああ、昨日の女なら縁切ったから気にすんなよ。ごめんな」
「ごめんなって……」
縁切ったっなんて、よくも簡単に言えたものだ。
人との縁を簡単に切れると考えている人は、きっと他の縁も重要視していないはずだ。
店員が来てテーブルに生中のジョッキを2つとサラダ、小皿を並べて行った。
「乾杯するか、俺たちの未来に」
キツネ目を細くして徹がジョッキを手にする。
「翼、あのあと何にもなかったよ。あの女を家に呼んだのは初めてだしな」
何にもなかった?
家に呼んだのは、初めて?
あの女性は半裸だったのだ。
それで何もなかったと言ってのける徹の言葉も、図太い神経も、翼には到底信じられないものだった。
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