93人が本棚に入れています
本棚に追加
自分だけ先に飲み始めた徹。
「何にもなかったって。あの人、下着姿だったじゃない」
「ああ、だから、やる前だったってこと」
徹はサラダをトングで混ぜ小皿に取り分ける。
普段、サラダを取り分けることなんか絶対にしない男、それが千葉徹だ。絶対にやらないようなことを今日はしている。
徹がサラダをわけるのをじっと見ていた。
徹は、ひとつの皿を翼の前に置き、もうひとつの皿を自分の前に置く。
なんだ。
やろうとすればやれるのね?
やれるなら、いつもやればいいのに。
やる?
やるって言えば、今、徹は居酒屋で『やる前』とかどうとか言ってたっけ。
全く下品すぎる。
なんてことを言い出すんだろう。
「…ま、前って…徹は、『やる』そのぅ…『前』ならいいと思ってるの?」
「ああ、結果な」
肩をすくめてみせる徹が、なんだか知らない男みたいに遠く感じてきた。
「…ねぇ、聞いてもいい?」
「うん」
サラダを食べ始める徹。
「私のこと好きなの?」
「なんだよ、今更。好きだよ」
「安上がりな女だから好きなの?」
「…?なんだよ、あーそっか熊本との話を怒ってんのかよ」
「……」
「いいじゃん、理由なんかさ、俺はお前が好き。だから結婚する…それでいいだろ?」
いいわけがない。
翼は、ビールもサラダにも当然お通しにも手をつけていなかった。
そんな翼に構うことなく、自分だけ先に飲んで食べる。特に翼の様子を気にしてる風でもない徹を見てると、将来もこんな関係が続いていくような気になってしまう。
「私、徹とは結婚しない」
「なんで。あの女とはやってないって。なのになんで結婚しないんだよ」
「…つもりだったでしょ?」
「あ?」
箸をとめて、翼を見る徹。
「私が来なかったら、やるつもりだったくせに!」
やるとか下品だってわかってる。
でも、どうしようもなく自分の中で怒りが沸騰していた。
徹の行動をはっきりと強い口調で攻めてから、ガタンと音を立て翼は椅子から立ち上がった。
近くのテーブルにいた客が、その音に驚いたようにして翼を見上げる。
最初のコメントを投稿しよう!