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「…私、あんたと結婚するくらいなら」
周りの視線なんか気にならなかった。迷惑行為だとわかってもいた。
でも、もう今更止められない。
「死んだ方がまし」と言いたかったが、それは躊躇した。
だって、まだ死にたくない。嘘は言いたくない。
「あんたと結婚するくらいなら…頭を丸めて尼さんにでもなって一生独身の方がましよ!!」
それなら出来ると思えた。その方が何百倍もマシだった。
こんな男と結婚しようとしていた自分が怖い。
最低な男と結婚するくらいなら、尼になる。寺にも入る。一生独身でも構わない。
自分の髪をクシャッとしてから呆気に取られた表情の徹を睨みつけた。
睨みつけながら、穏便に別れるはずだった最低なキツネ顔男に、とっておきの捨て台詞を浴びせてやった。
「 最後ぐらい会計は、あんたがしてよね!!」
いつも割り勘だった。
この半年間、会うときは割り勘。
もちろん、ホテル代もタクシー代もだ。
すべて、きっちり割り勘。
だから、最後ぐらいは徹が払うべきだ。そう考えたのだ。
焼き鳥屋を勢いよく出た翼は、外の空気を思い切り吸い込む。
涙が滲む目尻を指先で押さえて、肩幅に開いた両足に力を入れる。
アスファルトにしっかり足をつけていた。
私は大丈夫だ。
今日も明日もその先も。
私は、きっと大丈夫だ。
へこたれずに生きていかなきゃ。
半年間続いた恋が終わっただけ。それがたまたま永遠に続かなかっただけだ。
ただ、それだけのこと。
こんなの大したことじゃない。
大したことじゃ……
ないはずだ。
思い切り吸い込んだ空気は、繁華街特有の色んなものが入り混じって淀み、下水みたいな臭いがした。
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