母と私と弟そして父

2/36
前へ
/36ページ
次へ
 私が成人に近づくにつれてめったに真面目に話さないミホナはときどきそう言った。だいたい酒に酔っているときだったけどそれでも遠い目をして落ちるようなため息をついていた。  「ああなる」とはジョージが生まれてから一か月ほど過ぎた時になんとミホナの夫が事故で死んだということだ。もちろん事故なので何の前触れもないのだけどそれでも急なことだった。  ミホナの夫はごみ収集の仕事をしており家族三人を食べさせるべくわりと真面目に働いていたと聞いている。  「子供も増えたしこれからはますます頑張らないとな」と自分で言っている時期だった。車にごみを放り込んでいるときに後ろから来た車に突っ込まれ即死したのは。  いきなりのことにミホナ自身もそして周りの人間も一体どういうことが起こっているのか理解できなかった。 当時の事は私もなんとなくだが覚えている。 めったに鳴らない固定電話が家に響きそれを不審そうにして受話器をとった後の母親の顔はこわばり、呼吸さえ鉛のように固いものになっていた。今ならその顔が絶望の表情だと理解できる。 受話器を置いた瞬間にと言っても過言でないくらいその時目まぐるしく日々が流れた。流れるというよりも崩れ落ちていった。 悲しんで暮らすわけにもいかず葬儀の仕度やら、いわゆる加害者側とのやりとりをしていつの間にか数ヵ月が過ぎていたという。     
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加