犬又

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「犬のしっぽが分かれることってあるかな」  ぐつぐつ煮え立つキムチ鍋をつつきながら、わたしの友人Kが訊ねた。 「猫なら聞いたことがあるけど」  猫又という妖怪だ。年を経た猫の尾が分かれ、不思議な力を持つようになる。あとは九尾の狐という妖怪もいたはずだ。 「そう。その犬バージョン」  Kの視線はわたしを越え、壁際に向けられている。わたしは箸と器を置いて振り返った。  お気に入りのクッションの上でクークーと寝息を立てて眠る、一匹のテリア犬。Kの飼い犬だ。名をハッピーという。今年で確か十二歳になるはずだ。 「ハッピーが、犬又?」  大真面目な顔でKはうなずいた。  見たのは先週のはじめ、夜中にトイレに起きたときだという。いつも通り、丸クッションの上で眠るハッピーのしっぽが、 「確かに分かれてたんだよ、ふたつに」  薄赤に染まった豆腐を箸で半分に割り、はふはふと頬張る。 「寝ぼけてしっぽを振ってたとかじゃないの」  ぼんやりした頭でそれを見たから、分かれて見えたのだ。 「いや、そんなことない」 「写真とか撮った?」 「いや、それが」  Kは気まずそうに舌を出した。頭がそれをはっきりと認識できたのは、トイレで用を足している最中だったという。 「夜中にトイレに起きる時って、あまり覚醒し過ぎないようにって努めてぼーっとしてる感じがあって」  だが、そのうち違和感がますます大きくなっていった。さっきのハッピー、どこか変だった。そうだ、しっぽが分かれていた。それで慌てて戻ってみたが、そのときにはもうハッピーのしっぽは当たり前のように一本しかなかったという。それ以降、ハッピーに特に変わった様子は無いそうだ。
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