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「おはよう」
ザワッと室内の空気が粟だった。
「お、おはよう、ございます……」
男性社員の何人かはゴクリとつばを飲み込む。
女性社員の何人かは戸惑うような目つきで眺める。
声をかけていいのかどうか、迷う。
「おや、珍しいねぇ」
「ええ。ちょっと見立ててもらったら、案外似合ったものですから」
課長の空気を無視した問いかけに、祐美はにっこりと笑った。
いや──きっとわざと無視して、風穴を開けたのだろう。そういう人だ。
昨日までの祐美ならツンと澄まして、
「余計な口を叩かないでください。昨日のご報告です」
と返すのだけれど、なぜか今日はそんな気持ちにならなかった。
いつもと同じ黒いスーツ。
淡いグレーのカットソー。
そして首に巻かれた華やかなスカーフ。
…リン。チリンチリン。
柔らかく澄んだ音色が、カバンの中から取り出した名刺入れから響く。
書類を持った女性社員が恐々祐美の席に近づいたが、その音に可愛らしい声がワントーンあがって放たれた。
「うわぁ!可愛い~!」
その名刺入れは有名ブランドの物だったけれど、チャームリングに可愛らしいとんぼ玉と鈴がぶら下がっている。
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