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 私の黒のセダンは十時きっかりに夫人の教えてくれた住所に止まった。不思議なことに、駐車場のどこにも、この火野が乗ってきたはずの白いバンが見当たらなかった。私は別の車で来たか、第二駐車場でもあるのだろうと、さほど気にすることもなく、梶村のアパートに向き直った。  塗装がほとんど剥げ落ちている四階建ての南向きの建物で、大きさから考えて一部屋はかなり狭そうだった。コンクリが?き出しで、錆びだらけの金属製の階段が据え付けられたそれは、アパートというより、味気ない白い匣を思わせた。  梶村の部屋は四階にあったので、ともすれば抜けそうな階段を私はゆっくりと登って行った。  しかし、やがて、一種の異様な雰囲気が私を駆り立てた。歩調が速くなり、息が乱れた。  なぜ、その雰囲気の正体に扉を開く前に気づけなかったのか。もし気づいていたのなら、底知れぬ狂気を貪欲に呑み込み続ける深淵に、自ら飛び込むこともなかったかもしれないというのに。
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