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 この誰かの顔はまさしく火野のものだったのであるが、私の心の片隅には奇怪な考え──こちらに近づいてくるあの誰かは、あの火野ではなく、人知の及ぶことのない宇宙の彼方より来訪した何かが、あの火野に成り代わっているのだという、全くもって荒唐無稽な確信──が突如として浮上し、水面に投じられた小石によって生じた波紋の如く広がったと思われた次の瞬間、私の心を覆い尽くしてしまった。  しかしながら、そんなところで何をしているんだという半ば呆れたようなこの火野の問いかけによって、水底に沈まんとしていた私の意識は正気の世界に引き戻され、狂人以外は抱き得るはずのない強烈な考えは蜃気楼の如く霧散した。結果、それは私の心の片隅にごく僅かなしこりを残すのみとなった。  私は少しぼうっとしていただけだと些かぎこちなく答え、さっさと夫妻に会いに行こうと言った。  この火野はさほど気にする様子もなく了解したので、私はいかにも普通な様子で横断歩道を渡り、何事もなかったかのように車の助手席に乗り込んだ。  この火野が車を走らせている間、私は目の端で隣に座っている親友であるはずの者の横顔を捉えながら、他愛もない話を交わしていたのだが、受け答えするこの火野の笑顔は何故だか妙に機械的なものに感じられた。  話が具体的なものになるに従って、張りついたような笑顔は変わらないものの、生返事が多くなる一方で、口数が極端に少なくなっていった。  きっと、再び梶村に会えるかもしれないという状況が、この火野をかつてないほど緊張させているのだ。だから、まともに話をする余裕がないのだろう。     
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