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私が目配せをして促そうとしても、この火野はこちらを向くことはなく、時々ティーカップに手を伸ばし、苛ただしげに、右手で首のアンク十字を弄繰り回すばかりであった。
そのため、非常にぎこちない笑顔を浮かべながら私が話を進めることになったが、幸い事前に相談をしていたおかげで、それほど苦労することはなかった。
始めのうちは紅茶をすすりながら、夫人と昔話に花を咲かせていたが、やがてさりげなく高校時代の話に誘導することに成功した。
話が梶村の病気と引っ越しになったところで、さっぱり口を開かなかったこの火野が突然身を乗り出し、梶村に何があったのか、彼は今どこにいるのか教えてほしいと切り出した。
すると夫人は顔を強張らせ、答えることはできないと言った。しかしながら、私たちの数時間にも及ぶ熱心この上ない説得の末、ようやく、現在梶村が住んでいるアパートを教えてくれた。ただ、梶村に何が起こったのかについては、頑として話してくれなかった。
私たちは冷め切った紅茶を飲み干し、礼を言ってから、夫人の諦めと寂しさが入り混じったような不可解な視線を背に、この物寂しい建造物を後にした。
外に出るともう暗くなっていたので、私たちは梶村のアパートを訪ねるのは日を改めることにした。翌日の午前九時に同じファストフード店で待ち合わせることに決め、その日は別れた。
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