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ドアノブに触れた瞬間、全身が怖気立つ感じがして、思わず手を引いたが、意を決し覗き込むように扉を押し開けた。蝶番が軋み、耳障りな音を吐き出しながら扉が開く。
この時になって初めて、私を駆り立てた異様な雰囲気の正体に気づいた。
いや、それは雰囲気ではなかった。臭いだ。扉が閉じられていてもなお、異様な雰囲気をもたらすほどの鉄臭さ。私の鼻腔を貫かんばかりの悍ましい鮮血の香りだった。
半ば夢の中にいる心地だった私の眼前に現れたのは、部屋の内側の六面全てを朱に染めた、赤い匣さながらの惨劇だった。
匣の中心に蹲るグシャリと潰れた肉塊。壁といわず、床といわず、飛び散ってこびりついた肉片、脂肪、骨片……
しかしこのような惨状にあって──恐らく、許容能力の限界を超えたショックを受けたためだろうか──私は異様に冷静だった。
すぐに南側のベランダに出る窓が大きく割れていることに気がついた。ガラスは粉々で、安っぽいアルミのサッシは無残にひしゃげていた。何か、巨大な生物が飛び出して行ったかのようだ。そう思い、何気なくベランダに目をやると、赤い足跡が目に入った。
足跡は縦三十センチ、幅十五センチ程の大きさで、その形は今まで見たことのあるどんな生物のそれとも違っていた。
指と思しきものは全部で八本。そのうち真ん中の五本は哺乳類と爬虫類の両方の特徴を併せ持ち、床に爪痕を残していた。爪痕からして形は鉤状、太さは二センチ程。コンクリに易々と傷をつけていることから相当な強度を誇るものに違いなかった。さらに足の前半分の右側面から二本、左側面から一本の指──正確には指のようなもの、だが──が生えていた。しかし、さらに奇妙なのは、それらにまるで、頭足類の触手にあるような吸盤らしきものの痕跡が見受けられたことだ。
理解し難い足跡に困惑しながらも、さらに何かしらの手がかりはないかと私は部屋に向き直った。
すると、壁にこびりついた手──まだ辛うじて形を保っていたのでそれと分かった──が何かの紙片を握っているのに気がついた。
血で汚れてはいたが幸運にも大部分を読み取ることができた。以下のような内容である。?の部分は読み取ることができなかった。
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