60 心配

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 中に案内されると、受付をしているんだろうスタッフさんが奥から顔を出した。いらっしゃいって笑って、また引っ込んでしまう。たぶん、お昼休憩中なんだろう。口がもごもご動いていたから。 「すみません。お昼休憩」 「いや、俺がこの時間帯においでよって言ったんだし。気にしないでよ」  アキさんは旅館で見かけるような冷蔵庫からお茶を取り出すと、喉を鳴らしてそれを半分ほど一気に飲んだ。 「過保護だねぇ」 「え?」 「成。ここまで送ってた。あいつ、あんなにマメな男じゃなかったんだけど」 「あぁ、あれは、違うんです」  あれは、俺がさらわれやしないかって。  櫻宮での父の発言は絶対だ。どんな国王の言葉よりも、きっと神よりも、父の言葉には絶大の力がある。だから兄たちはもう関わることはないだろう。  俺の肩が、治ったりしなければ。  櫻宮にとって、ひとつも利益にならないただの一般人でいるのなら。  きっとそんなところだろう。けど、菅尾さんのこともある。もう海外に行ってしまっただろうけれど、もう俺になんて興味はないだろうけれど、急に欲しくなったと思ったら、またその衝動に駆られるかもしれない。  俺にも、久瀬さんにも、あの界隈の人たちは理解できないから。 「愛されてるのね。お互いに」 「……はい」  その心配を抱えてでも、久瀬さんはアキさんのところで肩を診てもらおうかと思うんだと言ったら、喜んでくれた。  俺の愛している人が、俺を愛してくれるから、大切にしたいって思ったんだ。 「じゃあ、始めよっか」 「宜しくお願いします」  この肩が壊れた時は、これでもうクライミングはしなくてよくなると、むしろホッとしてしまうほど、自分の肩のことなんてどうだってよかったのに。
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