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ほぼ毎日、落ちる夢を見ていた。あのストーンを掴もう、そう思って伸ばした手はストーンを掴むどころか滑ってそのまま、まっ逆さま。何度も、何度も、そんな夢を見ては飛び起きてた。
なのに、今日はそんな夢を見ないなぁって、身構えながらそんなことを考えてたんだ。
「あーしまった。なんだ、これ、丸焦げじゃねぇか」
「!」
「あ、起きたか? おはよう」
「……」
いつもはそんな悪夢で飛び起きてたのに。今朝は。
「寒くなかったか? お前、ソファからはみ出て寝てたから、足ンとこ、俺のコートかけてやったんだけど」
「……」
言われて自分の足元を見ると、今にも落っこちそうに、昨日、久瀬さんが着ていたチャコールグレーのコートが引っかかっていた……んだけれど、身じろいだせいで落っこちた。
「す、すんません」
「いいって」
いつもは夏でも冬でも汗びっしょりになって起きるのに。今朝は、そんなことなかったな。あと、足、あったかかった。飛び起きたのは恐怖心からじゃなくて、ただ、なんか、焦げ臭くてびっくりしただけ。
「? 焦げ……?」
「あぁ、悪い。お前、朝飯食うかなと思って、目玉焼きやろうとしたんだ」
「……」
「いっちゃん簡単かと思ったら、けっこうムズいのな」
部屋が、広いのに牢屋みたいに感じる俺の部屋じゃなくて、狭いけれどあったかくて、焦げ臭いのが充満した部屋。
そして、久瀬さんがいる。あの、久瀬さんが。
「どうだ? なんか、思い出したか?」
「!」
慌てて首を横に振った。そうだった。俺、昨日、久瀬さんとこに泊まらせてもらったんだったっけ。
記憶のない迷子ってウソをついて。
「……そっか。まぁ、そのうち思い出すだろ」
ごめんなさい。思い出すも何もない。忘れてないんだから。でも、捨ててしまいたいほど不必要なものだから、もう思い出したくない。
「あ、あの、俺作りましょうか?」
「できんの?」
「簡単なのなら」
「おお、それはありがたい」
「いえ、お礼にもならないですけど」
それにしても、すごいな。目玉焼き丸焦げじゃん。
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