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お酒とタバコの匂い。それと……。
「……」
鼻先を自分の腕に押し付けて、クンとわずかに吸い込むと甘い、ねっとりとした甘い香りが鼻の奥に沁み込んだ。
やっぱり、あんまり好きな匂いじゃない。
でも、そこまでイライラしないのは。
「あ、こんなところで休憩してたの?」
この、アキさんが久瀬さんの恋人でもなんでもないとわかって、苛立たなくなったからだ。
「あっちに休憩室あったでしょ?」
綺麗な人だ。言われなければ男性だなんて思いもしなかった。細いし、髪サラサラだし、声だって澄んだ高い声。ボーイソプラノ、だっけ? そんで、あのリーダーの弟、だっけ?
「って、あそこじゃ、むしろ休まらないか」
アキさんはコートについたフェイクファーの襟を立てると、着物のように自分の身体に巻きつけて、階段にしゃがみこむ俺の隣に座った。小さく折りたたんだ身体は細い。そのコートが座った拍子に広がって、ミニスカートでほぼ丸出しの太腿が丸見えになる。その腿も男性らしさのないゆったり滑らかな曲線を描いてる。
「クロちゃーん! って、皆おおはしゃぎだもんね」
「……珍しいんじゃないっすか」
「違うわよ。ね、君ってさ、イケメンだけど、すこーし、口がひねくれてるのよね」
笑いながら、その華奢な膝小僧をコートの裾で覆い隠した。
「すんません」
「黒猫って感じ」
あははって、笑って、その真っ白になった吐息が繁華街の騒がしい中に消えていく。
今日からしばらく、できたら今年いっぱい、せめてクリスマスまで。アキさんの店でボーイのバイトをしないかって言われた。年末の忙しい中、ボーイを務めていた人が急遽辞めてしまったらしい。まぁよくあることなんだけれどって笑ってた。
そして、俺に白羽の矢が立ったわけだ。
今回は久瀬さんはそこまで嫌な顔はしなかった。けど、条件は三つに増えた。
――寄り道しないで帰ること。酒は飲まないこと。それと。
思い出してもくすぐったくて笑ってしまう。送り迎えをさせろなんて言い出したんだ。あんたは執筆があるのに夜、外をほっつき歩かせるなんてできないよって、風邪を引いたらどうすんだよって急いで断った。その結果、迎え、だけにしてもらえた。
――それと、寝るのはベッドで、俺の隣。わかったか?
あ、これじゃあ、条件四つじゃん。久瀬さん、多いよ。四つは。
「なぁに? 笑って」
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