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俺のその様子が可笑しかったんだろう。アキさんがけらけらと楽しそうに笑ってる。もうなんなんだよ。知らないって。だって、そんなわけないじゃん。幼馴染って言ってたし、あの人はアキさんとアキさんのお兄さんのことを知ってたのに、なんで、久瀬さんのことは何も。
「けど、本当に知らないんだぁ。成、そういうの話したがらなかったし」
「……」
「だから、成の彼氏はクロたんが初遭遇よ。どう? 嬉しい?」
「そ、なんですか」
「うん、恋愛小説家だけれど、何より恋愛を信頼してなかった人だからさぁ。あいつ、優しいでしょ?」
そっと頷くと、わずかに笑って、また一段と寒くなったのか、膝をきつく抱え込んだ。
「優しいから」
「……」
「まぁ、理由はあいつに直に聞きなよ」
なんとなく理由は想像がついた。そして、その想像した理由に胸のところが締め付けられる。きっとあの人は優しすぎて、手を離してしまいそうだ。相手の行きたい場所を遮ることはしないと思う。今まで、きっとそうやって、見送ってばかりな気がして、今すぐ抱きしめたくなった。ぎゅってしたくて、指先が久瀬さんの体温を求めてじんわりと火照り始める。
「君は別だったみたいね」
「!」
「……」
「な、なんすか?」
綺麗な顔のドアップ。けど、この至近距離に来ても、この人が男だって思える要素がこれっぽっちもないのがすごい。ぶっちゃけてしまえば、俺が交際した女性よりもずっと。
「ラブラブ、なのね」
「!」
四つん這いで、さっきまで寒そうにしていたはずなのに、コートの裾が割れて見せ付けるように外気に触れた。
「なんか、色っぽくなっちゃったよねぇ」
「そ、そうですか?」
「ね……私、貴方のこと、どっかで見たことが」
「!」
思わず竦み上がった。アキさんが俺をどこかで見たことあるのは気のせいかもしれない。気のせい、だろう。けれど、もしかしたら気のせいじゃないのかもしれない。
どこかでクライミングをしていた頃の俺を見たことがあるのかもしれない、と、一瞬で背中が冷えた。
「クロたん?」
「す、すんませんっ、もう休憩終わりなんで」
そして無意識に前髪で目元を覆い隠しながら、その場を逃げ出した。
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